社員のメッセージや決意、ひとりごとなどをお届けします。
ATメンバーのつぶやきに耳を傾けてください。
ATの新たな一面が見えるかも?
今、ぼくに何ができるのかもふ。
もふおです。
新しい年になって、とても悲しいことがいっぱいおきているらしいもふ。
ぼくは何をしたらいいか?みんなに聞いたもふ
「今は何もできない。祈るしかないんだよ」
「よりそってあげて、話を聞いてあげることかな」
「寒い避難所にいる人に、羊毛のマフラーとか送ろうよ」
「昔は神様を鎮めるために生贄を差し出していたんだよ」
・・・
嫌な予感もふ。
・・・
「みんなそれぞれ得意なことしてあげればいいんだよ」
ぼくには元気を出すことしかできないもふ!
ゆるすまじ
絶賛子育て中、MUです。
トトロのメイちゃんの「とうもころし」が代表的な子供の言い間違え、可愛いですよね。
今回は息子との言い間違えエピソードをご紹介しようと思います。
息子と言い争いになったときのことです。当家では「ごめんなさい」「いいよ」のやりとりでその話は終わりとするという暗黙のルールがあるのですが、ある言い争いの後、私が息子に
「ごめんね。お母さん言いすぎたね」と伝えたところ、息子からの返事が
「ゆるすまじ」
え、待って。怒りすごくない?
「ごめん。許して」「ゆるすまじ」「どうしたら許してもらえるの?」「ゆるすまじ」
どういうことなのか。何度謝罪しても「ゆるすまじ」と繰り返す息子。
が、ふと気づいたのです。息子の表情は全然怒ってない。むしろ困惑している。
「だから、ゆるす、まじ、って言ってるじゃん」
おわかりいただけるでしょうか。そう、息子は、「許す、マジ」と言っていたのです。
彼なりに、覚えたての言葉で、本気(マジ)で、母を許していたのです・・・
数年前の話ですが、息子は今でも「ゆるすまじー」と冗談で言っては自分で笑っています。
ご心配ありがとうございます。
新年早々、多くの皆様から震災のご心配をいただき、まことにありがとうございます。
コロナ禍も収束しつつあり、希望が芽生え、迎えた2024年の元旦。能登地方でも多くの皆さんが久しぶりに帰郷し、親族が集まり、団欒を楽しもうとされていた時でした。
家は倒壊し、大津波、土砂崩れ、火災にも次々と見舞われました。
未曽有の災害となりました。
お亡くなりになった多くの皆様に、ご冥福をお祈りいたします。
ここ金沢も、これまでに経験したことがないくらいの揺れでした。
当社事業所(金沢ベース)も、一部の棚が倒れたり、デスクやパーテーションがずれたり、備品が落下したり、そして掛かっていた時計が落下し壊れました。
おかげさまで社員は無事でした。
それらを片付けることから始まった2024年、乗り越えていく課題がまた一つ増えた新年になりました。TAK
来年もお仕事がんばるもふ。
もふおです。
仕事でもらうお金を毎年増やしている人がいるらしいもふ。
野球とかをやっている人は、契約更新とかいって、サインをすれば来年はとてもたくさんお金をもらえるらしいもふ。
ぼくもお金持ちになりたいので、サインの仕方を練習し、会社の人に契約更新というのをお願いしたもふ。
そしたら会社の人は
「今年もがんばってくれたので、みんなで遊んで楽しめるおもちゃのコインをたくさんあげます」
って言ってくれたもふ。
とてもうれしくて、すぐサインをしたもふ。
来年もお仕事がんばるもふ!
アドベントカレンダーを。
絶賛子育て中、MUです。
先日アドベントカレンダーを買いました。カルディの木の家を積み上げる商品です。
可愛い!と衝動買いしたのですが、当家の子のお菓子の好みに残念ながらちょっとあわない。
だったらいっそ作ってしまえばいいじゃない。市販されているようなしっかりしたものでなくても、日付がついたお菓子が入る何かがあればそれでいいじゃない。という雑な発想のもと、折り紙とシールとお菓子を買ってきて作りました。
シールは息子に貼ってもらいました。
たいへんにぎやかになった当家の12月の玄関、ご笑覧いただけますと幸いです。
みなさまどうぞよきクリスマスをお迎えください。
師走の候
2023年も、あっという間に12月を迎えました。
世界ではコロナ禍はまだ終わっておらず、また決して平和とは言い難い状況ですが、来年も皆様がどうか健康で暮らせますように。O
~現在地に移転して3年が経つ東京ベース(事業所)より~
能登半島最先端の緑剛崎に。
ふと思い立って能登半島の最先端である禄剛崎まで足を運びました。
金沢から、のと里山海道、奥能登絶景街道を走って、おおよそ170kmの道のりで、3時間かかりました。
そこにある禄剛埼灯台は130年以上前に建てられ、国内の保存灯台や日本の灯台50選にも選ばれ、歴史的・文化的な価値が高いです。以前は住み込みで点灯・消灯していたようですが、今は無人です。
(現在はすべて機械制御されており、少なくとも日本国内では灯台守という仕事は存在しないようです)
それにもかかわらず、白磁の外壁はきれいに清掃されており、管理が行き届いているなと感じました。
夜に灯台が灯る様子や朝日、夕日も見てみたかったのですが、最寄りの駐車場から約10分程度のせまい坂道を歩く必要があり、周囲には街灯などがまったくないため、懐中電灯等がないと難しいと考えられます。
坂道の途中で見える海岸の風景も非常に美しかったです。K.H
セイセイAIさんがやってきた!
もふおです。
このごろセイセイAIさんという、いろんなことを知っている
人がやってきて、どんな質問にも応えてくれるらしい。
そしたらまた僕の仕事が奪われるもふか?
会社の人たちに聞いたら
「もふおの仕事とはかぶらないから心配しなくていいよ」
って言ってくれたもふ。
ひと安心もふ。
1994年その10・QRコード
1994年。当社が創業した年です。この年に何があったのかを振り返ってみるその10、今回はQRコードのお話しです。
今や生活の一部として欠かせない?(人にもよりますが)QRコード。たとえばリアルなアイテムとデジタルなコンテンツを結ぶものとして、ビジネスで、パーソナルで、様々な場面で使われています。3つの角にある四角いマスのような画像があることで、斜めからでも読み取ることができるようになっているなど、多くの工夫がされています。
これが生まれたのは1994年でした。発明したのは日本のメーカー、デンソーです。同社の生産システムでの活用のために、エンジニアが研究や調査を重ね、生み出したものだそうです。その後オープンソースされたことで、インターネットやスマートフォンの普及に伴い、世界中に浸透していきました。
TAK
紅葉の時期となりました
いつも足を運ぶ山も、秋の深まりと共に色付いてきました。
秋の空は高く、心が洗われるような山行でした。O